ろ、六月…?

 

しかも六月はもう前半が過ぎている。

特別深く考えて書いているわけでもないこのブログすら、気づくと二週間書いてない。

いつになったら日々のことを軽く書き留める、みたいな軽やかな人間になれるのか。

そういうのはついったでやってるから…というならまだしも、

ついっただってほぼ何も言ってない。

そもそもついったは『感じたことをパッと呟く』みたいな部分が利点とされるツールだと思う。

でも、文字という形になる時点でなんかちょっと躊躇してしまうところがあって、

『今日はなんもしなかったな』とかたとえばそんなことですら、

文字にした瞬間何かしらの『形』を持ってしまう気がする。

それが個人的にあんまり好きじゃない。フィクション以外の形、が好きじゃない。

このブログも何も考えないで書いてる、と言いつつどっかで構えている。

形であることを意識してる気がする。

いやそれはしていいんじゃないの、という自分と、意識高いフリしてんなよ、という自分がいる。

ともあれ文字という形のアウトプットは、なかなか危険な遊びではあると思う。

なのでやっぱり嘘八百が好きだな。

 

 

 

 

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